精神科医もるげんの奮闘記 ~せん妄たちとの闘い~
すっかり天気は雨が多くなって、ジメジメとした日が増えてきました。
どうも、風呂場の黒いシミが気になるもるげんです。
今日も今日とて当直。
そんな病棟で、今日は少し、自分の仕事の一部について、ちょっとばかり思慮を巡らせてみようかなあ、と。
のんびり読んでいただければと思います。
自分は今、とある大学病院の精神科に属しています。
主な業務は精神科の患者さんの診察。
その中には(というか自分のメインの業務は)他科に入院している患者さんの診察依頼を受ける、併診っていうのがあります。
もともと精神科の病気を持っていて他の原因で入院した、とか。
入院中に不眠とか不安で精神科へ相談が来たり。
少ないけれど、入院中に精神科疾患を発症したり。
自殺未遂で来た方の精神医学的評価だったり。
いろんな方々がいますが、でも一番多い相談はやはり「せん妄」でしょう。
せん妄。delirium。
入院や病気をきっかけに脳が一過性に機能低下を引き起こした状態です。
ざっくり言うと、寝ぼけちゃってどこにいるか湧かない状態です。
これ、医療者は慣れているので「またか」って感じですけど、患者さんの家族からするとびっくりすることが多いんですよ。
昨日まで穏やかだったおばあちゃんが、今日会ったら人が変わったように暴れていたり、逆に活発だったおじいちゃんがうつ病と見紛うように沈鬱気に寝ていたり。
程度はあれど、時として幻覚を伴ったりするほどの激しい症状を伴ったりします。
そしてせん妄はもともとの病気の他に高齢だったり認知症があったり発症しやすくなるんですよね。加えて手術とかの侵襲が強いイベントが重なることで、あたかも燃えるかのように出てくるんですよね。
この超高齢化社会、入院する患者の多くが高齢者であれば、そりゃもう多いこと多いこと。
ざっくり併診している人の半分はせん妄なんじゃないかなあと思うほどです。
「夜全然寝ません」
「術後なのに立ち上がって歩いちゃいます」
「点滴抜きました」
「リハビリしてくれません」
病棟からの悲痛な叫びを聞いて僕たちも診察をする。
しかし、せん妄だと診断できても、その治療の大原則は「原疾患の治療」と「環境調整」。あまりにも暴れている人には睡眠リズムを整えたり興奮を静める薬を使いますけど、あくまで対症療法。
日中起こして夜寝て、すこしでも安心できる環境を作ることが最大の治療になります。
原疾患も、手術とかならだんだん良くなることが多いですが、内科疾患(特に慢性経過の肺炎とか)はなかなか良くならず、苦慮することも多いです。
だいたい、もるげんは病棟で「またせん妄か~」と頭を悩ませています。
ここからは自分の知っている知識とかから引っ張り出してきた、医学的な根拠はあまりない語りになるんですけど。
せん妄は何で起きるのかなあ、と考えたときに、いくつかの傾向があります。
1つ目。
高齢者や認知症に多い。同時に脳にダメージをっている人でも起きやすい。
また、眼鏡や補聴器、入れ歯を持っているならそれを付けると改善・予防しやすい。
これはおそらく、「認知機能の低下」が原因になっているのかなと思います。
寝ていて、夜中起きたときに「あれ、家で休んでいたんじゃないのかな」と混乱してしまう。ある程度の認知機能があれば周囲の状況や少し前のことを思い出し「あ、病院にいたんだ」と納得してまた寝るでしょう。
ですが、認知機能が認知症や脳のダメージでもともと下がっている、あるいはメガネなどの補助デバイスがないと周囲をはっきりと理解できない場合、自分の感覚と周囲の環境とに誤差が起き、混乱を招いてしまう。
あるいは、そもそも認知機能が低下し、入院していたことを理解できなくなってしまう(あるいは覚えていない)。
せん妄の方では入院した理由が分からない方もそれなりにいるのは、こういうことなのかな、と思ってます。
2つ目。
いろんな疾患でせん妄が起きやすいんですが、特に「低酸素」と結びつく疾患ではせん妄は起きやすく長引きやすいです。
これは考えれば簡単なことです。
例えば、今から1000メートルを全力疾走します。
息も絶え絶えでゴールして、その直後に算数ドリルを解いてみる。
そうすると、普段なら簡単な問題でも、ケアレスミスで間違うことが多くなるのは想像に難くないです。
単純に脳は酸素を大量に必要とする臓器ですから、病気によって酸素消費量が増えれば、あるいは酸素を運ぶ量が減ればその分、脳は疲れ正常な活動をできなくなってしまうでしょう。
そうすれば認知機能も下がり、環境を理解することも難しくなります。
風邪で頭がもうろうとしている。それが続いているような状態ですね。
3つ目。
せん妄の症状として昼夜逆転があるのですが、これはもはや症状としてだけでなく、せん妄そのものを悪くしているように思えます。
人の体は寝ることで休まるのですから、寝れなければ体も脳も休まらない。脳が休まらなければ、認知機能も回復しない。
その寝れない原因としては、日中の活動量の低下、ICU(夜でもいろんな人がいてうるさくて、明るい環境)、慣れない病室などでしょうか。
入院することがせん妄のリスク、というのはここからくるのかもしれません。
せん妄を見ていると、人というのは周囲の環境をただ見たり聞いたり感じたりしているだけでなく、その情報をさらに解釈し、自分の中で組み立てているんだな、と思います。
つまり、我々の情報の解釈とは、ただ生のデータでそれを受け取るのではなく、受け取るまでの過程の中で様々に解釈して、ようやく受け取ったと自覚できるのです。
たとえ周囲の環境データが病室であったとしても、それを適切に視覚、聴覚などが受け取ることができても、その後の過程(つまり、認知機能)でこれらは再解釈、統合されている。そこでエラーが起きれば、我々は容易に混乱してしまう。
夢を見ていて、はっと目が覚めたときにまだ夢の中にいるような感覚は味わったことがあると思います。
その時の視覚には自分の部屋が映っているのに、感覚としては夢の中にいるという解離が起こる。
もしかしたら、我々が見て、聞いているものたちはすべて、バイアス(偏向)されたものなのかもしれませんね。
せん妄の患者さんを診ながら、ふと、そんなことを考えたりしているもるげんなのであった。
ルート自己抜去は本当にやめてね。