もるげん3分前

もるげんれえてとそのサークル「Horizont」のスペース。宣伝の他に呼んだ本や映画の感想、最近のこととかを書いていきます。pixiv→http://www.pixiv.net/member.php?id=270447、ツイッター→https://twitter.com/morghenrate

ゆるキャン△2第1話で感情をめちゃくちゃにされた男の話

新年あけましておめでとうございます。
年明け早々、なかなかに騒がしい事態となっていますね。
コロナの影響が、いよいよもるげんの働いている病院でも出始めてきています。
前々からコロナ患者の受け入れとかはしていたのですが、精神科の我々にも影響が出るくらいには広がってきているというわけです。
 
さて、新年最初の更新は「もるげん式タスクリスト」について書いていこうと思っていました。
ところが、昨日から放映開始されたゆるキャン△season2の1話目が、余りにも余り過ぎたので取り急ぎ感想をまとめている次第なのです。
正直びっくりしました。やばいアニメが出てきてしまったと確信してしまうくらいのものです。
とにかく凄かったので、こうやってまとめたくなってしまったのです。
「もるげん式タスクリスト」の記事自体は半分ほど完成しているので、今月末にはupできそうなので、それまでお待ちください。
 

 

やばいやばいと言っても、ゆるキャン△なんて日常系アニメだし、何がどうやばいんだよと思われるかもしれません。
もるげん自身、日常系と呼ばれるアニメはあまり見ないので比較できないのですが、このゆるキャン△2についてはとにかくやばいです。
season2は自分自身かなり心待ちにしていたアニメでした。自分がキャンプにハマるきっかけでもあったので続きがアニメで見られることが楽しみでした。
seoson1の方は原作通りに、丁寧な音楽と演出のアニメだったのでそのままで来るのかなーと思っていたんですよ。
 
まさかの、初手アニメオリジナル展開。
 
これにはもるげんビビったね。
だって、前作でそこそこヒットしたアニメだぜ?普通に、手堅く、原作通りにやっておけば失敗はないような内容なのにだぜ?
この李白の目をしても見抜けなかった。
しかもその内容がリンの初キャンプだっていうんだから驚き桃の木山椒の木だ。
物語の主人公であるリンの、初めてのキャンプの流れをアニメのオリジナルでやってしまう。
これがどういう意味か分かるだろうか。
 
もし、この内容が下手を打って大ひんしゅくを買ってしまえば、このアニメはもう立ち直れない。
ドラえもんでいえばアニメオリジナルで弟ができた、とか。
鬼滅の刃でいえば、勝手に炭治郎の家族の思い出を作るようなものだ。
物語の根幹そのものを揺るがしかねない、あまりにも大胆な展開なのだ。
 
それぐらいのリスクを背負った内容なのだが、これが素晴らしい出来だ。
おじいちゃんからキャンプ道具を譲り受けたリンは、最初こそ見向きもしなかったがちょっとした興味でテントを組み立ててキャンプに興味が出る。
少しして彼女は父同伴のもとでソロキャンプをする。
失敗しながらも、彼女は自分なりのキャンプをする。
ご飯もちゃんと炊けなかったが、母がこっそり仕込んでいたカップ麺を食べる。
ざっくり言えばこんな感じの話を、Aパートでじっくりやるのだ。
 
何が素晴らしいって、この内容の、細かなシチュエーションになのだ。
初めてのキャンプ、彼女が持ってきたのはテントと鍋、ランタンとテーブルくらい。クッカーではなく鍋というのがミソなのだ。
椅子を持ってき忘れて腰が痛くなったり。
焚火をしようとするがなかなかうまくいかない。
何とか火付けができたけれど、ご飯は生煮えで硬い。
気付いたら日が暮れ始めて本も読めずに一日が終わる。
もしキャンプをしたことがあればひたすらに共感の嵐なのだ。
火はなかなかつかない。ご飯もおいしくできない。やりたいこともできずに終わっていてしまう。
自分が思い描いていたものとは全く違う「キャンプ」に打ちひしがれる姿は、いつかどこかの小さな私たちなのだ。
母からの電話に応えるリンは、失敗に失敗を重ねて打ちひしがれながらも虚勢を張る、幼い自分を想い寄せる。
そうした中でリンの母がこっそり準備した「カレー麺」の味に、リンは我を忘れる。
たくさんの失敗の中の、小さな成功の温もり。
それでもリンがキャンプを続ける「原点」を、丁寧に描いたオリジナルシーンなのだ。
 
何よりも自分がこの一連のシーンの中で好きなのが、リンの家族のスタンスなのだ。
父も母もキャンパーであり、教えてあげればいくらでも、それこそ焚火やご飯の炊き方など教えられたはずだ。
だが、両親ともにあえて何もせず、近くで見守ることだけを選んだ。
あくまでリンの自主性を信じ、失敗すると分かっていても彼女の思うとおりにさせた。
そしてこっそりと、失敗したときのために、そして彼女の自尊心を決して損なわない程度の優しさを仕込んでおいた。
なんというか、あまりにも素晴らしすぎる家族でもるげんは涙してしまった。
果たして中学生の娘にここまでそっと、背中を押して見守ることのできる大人がどれだけいるだろうか。
ついつい色々教えたくなってしまうが、それでは何も成長できない。
否、キャンプの楽しさの一つには失敗があるのだ。
「ふたりソロキャンプ」というキャンプ漫画にも描いてあったのだが、キャンプはその失敗も自分のものでしかない。その失敗から学び、試行錯誤して活かしていく。
リンの両親は「失敗する喜び」を知っていたからこそ、リンに任せて見守ることができたのだろう。
心配はすれど、そっと見守るのみ。
深夜23時半。大の男がそんな親の在り方に感情を搔き乱されていた。
 
恐らく、原作者の監修が入っているとは思うのだが、これを思い切ってシナリオに入れたゆるキャン△スタッフには脱帽するしかない。
こんな1話をぶち込んできたのだ。次がどんな話になるか楽しみでしょうがない(もちろん原作を読んでいるので知っているが)。
ゆるキャン△スタッフのインタビュー記事を読んだことがあるのだが、深い理解の上でこのアニメを作っている。原作のあるアニメを映画化する難しさについては昨年の「キャメロット」でさんざん述べたけれど、ゆるキャン△はそれを超えていくアニメになるだろう。
 
この1話はリンにとっての原点の話であった。
だが同時に、この原点はなでしこにとっても同じなのだ。
だから、リンの出発の時に、なでしこの渡した「カレー麺」は特別な意味を持つ。
どこにでもあるチープなインスタント麺。
ふたりにとって、あの本栖湖を過ごしたふたりだからこそ、この「カレー麺」は大事なきっかけなのだ。
そうして、「行ってきます」とまた旅立っていく。
ここでもるげんはまた涙したのだ。
年を取ると涙もろくなる。
その事実をひたすらにかみしめるのであった。